今回は、日本語教師として活躍している笈川幸司さんを取り上げていきたいと思います。
くわしいことは後でご紹介していきますが、笈川幸司さんは、ただの日本語教師というわけではなく、ずいぶん多彩なジャンルではばひろく活動してきた人物なのでした。
なんと、元お笑い芸人だったといいますから、おどろきですよね。
そんな笈川幸司さんのお笑い芸人時代とは、どのようなものだったのでしょうか。
また、お笑い芸人時代のコンビ名、相方の名前、2020年現在の職業などが気になりますよね。
さらに、お笑い芸人だった当時の芸風がどのようなものだったのか、どうしてお笑い芸人を辞めたのかについても、探ってみました。
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1.笈川幸司先生の経歴
笈川幸司さんは、1970年4月20日、埼玉県の出身で、2020年5月現在の年齢は、50歳となっています。
その経歴は、とても1人の人物とは思えないくらい、すごいものになっていました。
大学は、日本大学文理学部教育学科を卒業した、笈川幸司さん。
ふつう、お笑い芸人といえば、若いうちに志望するイメージがありますが、笈川幸司さんの場合は、いきなりお笑い芸人になったわけではありませんでした。
26歳だった1996年、なんと、衆議院議員の木幡弘道さんの公設秘書となったのですね。
大学も、法学部や政経学部ではありませんので、議員秘書だったとは、おどろきでした。
そしてその翌年、早くも議員秘書を辞めることとなり、ここからようやくお笑いを始めることになったのです。
以後、笈川幸司さんは、2001年に辞めるまで、お笑いの世界で活躍。
お笑い芸人時代には、『NHK爆笑オンエアバトル』、『TBSお笑い道場』などに出演してきました。
ところが、芸能界引退後は、一転して、日本語教師という、まったく異なったジャンルで活躍していきます。
中国において、北京美国英語語言学院、清華大学、北京大学といった学校で、それぞれ講師を務めていきました。
そんな笈川幸司さんは、日本大使館が後援した日中国交正常化四十周年記念全国講演マラソンにおいて、中国の実に500以上におよぶ大学で講演。
さらに、45にもおよぶ都市において、教師研修も行っています。
笈川幸司さんから日本語教育を受けた教え子たちは、北京市スピーチ大会における6大会連続での優勝、北京市日本語コンテストにおける5大会連続での優勝など、大変な実力を発揮していました。
笈川幸司さんから日本語教育を受けた教え子たちも、とても努力したのでしょうが、笈川幸司さんの能力も、そうとうなものだったのではないでしょうか。
そんな笈川幸司さんは、著書には、中国で出版された『笈川 日本語教科書』などがありました。
ここからは、そんな笈川幸司さんのお笑い芸人時代について、クローズアップしていきたいと思います。
2.笈川幸司先生の芸人時代、コンビ名や相方の名前
このような経歴の持ち主だった笈川幸司さんですが、お笑い芸人としては、どんな感じだったのでしょう。
お笑い芸人時代の笈川幸司さんは、長浜徹さんという相方と、ハイセンスというお笑いコンビを結成していました。
お笑い芸人時代の笈川幸司さんは、本名の「笈川幸司」名義で活動していたようなのですが、それ以外のくわしい活動などに関しては、残念ながら、ほとんどわかっておりません。
とはいえ、笈川幸司さんは、日本語教師として、あれだけ有能な人です。
よって、お笑い芸人としての観客を笑わせる話術、カリスマ性などといったものも、それなりのものだったのではないでしょうか。
3.笈川幸司先生の当時の芸風と辞めた理由
というわけで、笈川幸司さんのお笑い芸人時代については、あまり情報がありませんでした。
したがいまして、当時の芸風がどんなものだったのかも、分かりませんでした。
しかしながら、笈川幸司さんがお笑い芸人を辞めた理由が何だったのかは、判明しています。
それはずばり、女性がらみなのでした。
笈川幸司さんは当時、中国人女性と遠距離恋愛していて、彼女と結婚するために中国に行くことにしたのですね。
これはこれで意外でしたが、これにはもっとすごいオチがあったのでした。
よりによって、この彼女は、笈川幸司さんが中国に行くと、すぐに彼と別れてしまったとのこと。
ずいぶん待ちくたびれていたからだといいますが、さすがに笈川幸司さんが気の毒ですね。
でも、結果的に、これで日本語教師として大成功できましたから、不幸中の幸いでしたが。
4.笈川幸司先生の相方の現在の職業
笈川幸司さんとハイセンスを組んでいた、長浜徹さん。
彼の2020年現在の職業は、どうなっていたのでしょうか。
これは、何度も申しますが、笈川幸司さんのお笑い芸人時代の情報自体がないため、分かりません。
相方が成功しただけに、こちらもうまくやっていればいいですね。
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笈川幸司さんは、まさに波乱万丈な人生だったようですね。
彼女の件は非常にお気の毒でしたが、日本語教師としての今後に期待です。
日本のメディアでの露出も楽しみにしましょう。
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