今回は、演歌歌手の水森かおりさんについて、いろんな話題を見てまいりたいと思います。
水森かおりさんといえば、演歌歌手としてすばらしいキャリアを誇ってきたことで知られていますよね。
そこで、そんな水森かおりさんのこれまでのプロフィールを振り返っていきましょう。
一方で、水森かおりさんといえば、なぜか、着物ではなくドレスを着るということでも知られています。
その理由とは、いったい、何だったというのでしょうか。
ここでは、水森かおりさんの着物姿や、激レア甲冑姿の画像についても、いっしょにお届けしていきたいと思います。
1.水森かおり(演歌歌手)のプロフィール
水森かおりさんは、1973年8月31日、東京都の出身で、現在の年齢は47歳歳となっています。
本名は「大出弓紀子」で、血液型はB型。
ニックネームは「みもりん」です。
日本を代表する演歌歌手の1人で、全国津々浦々を舞台に歌うというスタイルで知られていて、ご当地ソングの女王とも称され、このキャッチフレーズはすっかり定着していくことに。
そんな水森かおりさんは、アメリカに留学していたときに、ホストファミリーの前で歌った歌が好評となったことから、歌手を志望し始めました。
そして1995年、シングル「おしろい花」のリリースによって、めでたくデビューとなったのです。
その後、2002年、シングル「東尋坊」が大ヒットしたことによって、人気歌手の仲間入りを果たすこととなりました。
水森かおりさんは、さらに2003年、シングル「鳥取砂丘」のヒットを受け、とうとう、念願の『NHK紅白歌合戦』に初出場を実現。
これ以降、2019年まで、なんと、17回連続で『NHK紅白歌合戦』に出場し続けています。
そんな水森かおりさんは、以後も、「釧路湿原」、「熊野古道」、「輪島朝市」、「安芸の宮島」、「松島紀行」、「ひとり長良川」、「島根恋旅」、「越後水原」、「早鞆ノ瀬戸」、「高遠 さくら路」など、ヒット曲を連発。
「熊野古道」以降は、全シングルがオリコン週間シングルチャートにおいて初登場10位以内という快挙を達成していて、その人気は不動のものとなっていきました。
受賞歴は、日本レコード大賞最優秀歌唱賞、ベストヒット歌謡祭演歌・歌謡曲部門グランプリなどとなっています。
さらに、水森かおりさんは、鳥取砂丘観光大使、広島県特別ええじゃんレディ、みやぎ絆大使、ホノルル観光親善大使、三重県観光キャンペーン応援特使、しまねふるさと親善大使「遣島使」、奈良県観光プロモーション親善大使、にいがた観光特使、山口ふるさと大使など、観光大使も複数勤めており、歌手活動以外でも活躍していました。
また、出演してきたテレビ番組は、『きよしとこの夜』、『日本有線大賞』、『ネプリーグ』、『くりぃむクイズ ミラクル9』、『おはスタ』など。
CMは、ハウス食品などとなっています。
これからも、そんな水森かおりさんの一挙手一投足から目が離せそうにありませんね。
2.水森かおり(演歌歌手)が着物でなくドレスを着る理由
さて、これだけすぐれたキャリアを持っていた水森かおりさんは、そのファッションをめぐっても、話題になっています。
着物ではなく、ドレスを着ているということですね。
ふつう、演歌歌手といえば着物でしょうが、どうしてこうなっていたのでしょうか。
まず、デビュー時に、着物を着ていたら、他の演歌歌手と差別化できないという考えがあったそうですよ。
それに、客観的に見て、水森かおりさんは、着物よりドレスのほうがお似合いなため、本人もそれを意識しているということも考えられるでしょう。
水森かおりさん以外にも、着物にとらわれない演歌歌手も出現していますしね。
3.水森かおり(演歌歌手)の着物姿
それでは、水森かおりさんの着物姿は拝めないのでしょうか。
ドレスも素敵ですが、やはりこっちも見てみたいですからね。
そこでさっそく調べてみましたが、残念ながら水森かおりさんの着物姿は見つかりませんでした。
もっとも、着物姿であっても、水森かおりさんは、きっと美しいことでしょうし、機会があればぜひ、お目にかかりたいものですね。
水森かおりさんが着物を着るさいには、曲調も変わるのかということも、興味は尽きません。
4.水森かおり(演歌歌手)の激レア甲冑姿の画像
さて、着物姿がみられない、水森かおりさんといえば、激レアな画像も。
なんと、甲冑姿の画像というものだったのですね。
いくらなんでも斬新すぎると思ったものの、さすがにこれは衣装ではありませんでした。
なお、水森かおりさんによれば、これは五月人形ではないとのことです。
水森かおりさんは、夢をかなえたうえに、トップレベルの演歌歌手になって、すばらしい限りですね。
2020年も、歌手活動も、それ以外の活動も、それぞれ応援していきましょう。
もちろん、18回連続での『NHK紅白歌合戦』にも期待です。
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